義母の介護から看取りを経験して今思うこと

去る一月十七日、まもなく日付けが変わる頃、義母が他界しました。

葬儀も終わり、二週間が経ち、自分の中でその凝縮した日々の整理が出来て来たので、ブログに書き記し、一歩前に進もうと思います。

要介護5で寝たきり、認知症の義母は、昨年の大晦日までデイサービスに行っていたくらい体調に問題なかったので、まさかこんなに急に看取りの状態になるなんてはじめは信じられない思いでした。元旦に救急入院したものの、その時は回復してまたいつもの介護生活に戻れるものだとばかり思っていたのです。

ところが四日後に昏睡状態になり、主人からこれ以上医療介入しないで自宅で看取りたいとお医者さんに言うからって言われた時にはまだ、「えっ?看取り?おばあちゃんまだ大丈夫だよー。回復してくれるよー。」と言ったり思ったりしていました。

その時の主人の行動力は凄かったです。医師に家族の気持ちを伝え、理解していただき、自宅看護の手配が病院や行政の協力のもと速やかに整って行き、次の日には退院して、住み慣れた自宅で過ごすことになりました。

そして同時に主人が連絡を入れたのが、看取り士の岡さんでした。山梨県内には、看取り士の資格を持っていらっしゃる方がお二人おられます。

17年前、私たちは自宅で息子を出産しました。自然か不自然かを主な判断基準に生きてきた私たちは自宅出産を選んだわけですが、その時に漠然と出産とそして死を迎える時は自宅で家族に見守られながらがいいねという価値観を持っていました。

そんなことを考えていたからか、当時日本ではじめて看取りの大切さを話されている柴田久美子さんにご縁がつながり、山梨で講演会を開催させていただいた事があります。

現在は、社団法人日本看取り士協会を設立され、看取り士の育成など、看取りの大切さを伝える活動されています。協会のホームページはこちら

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看取り士さんから教えていただいた事で心に残っている事を以下に記します。

・日常の暮らしをしながら交代で見ていてください。明るい未来のある話しをして、一緒に食事やお茶を飲み、花を飾りましょう。意識がなくても聞こえています。

・逝く人は、これまでの人生の経験で培ってきた叡智や魂のエネルギーを全て渡して逝く。それを受け取ることが看取りです。

・長年連れ添ったお父さんと二人だけの時間を作ってあげてください。思い出を話し、触れて感じることがグリーフケア(喪失感をとる)ことにつながりますので、促して差し上げてください。皆さんもたくさんおばあちゃんに触れてあげてください。

・「大丈夫だよ。」と声をかけてあげてください。あちらの世界にはたくさん知り合いがいて一人じゃないから大丈夫という事と、こちらの世界は私たちがいて、命を繋いで行くから大丈夫という意味です。

・女性は出産で生命をこの世に産み出す仕事で生命を感じ、子に育てられ成長する。男性は命の最後の時間に立ち会い、寝食を忘れて寄り添う事で無償の愛(母の愛)を体験し、自らの魂の成長をする。だから看取りは男性の仕事と言われています。

・もし呼吸が辛そうになったり、止まりそうになったら、呼吸合わせをしてください。「一緒に息を吐いてね」って声をかけて。吐くことで酸素が入ります。人と息が合うと一体になりお互い安心できます。

・亡くなってから最後まであたたかい所は、背中のちょうど心臓の裏辺りです。亡くなってからもそこに触れて、言葉をかけてあげてください。

他にもたくさんたくさん教えてもらいました。看取り士さんたちは「いつも共におります。」と言ってくださり、お二人の存在を感じられる距離で支えてくださった事、とても心強かったです。

看取りはまるで出産のようでした。看取り士さんは助産師さんのよう。

ともすれば悲しみの大きい母親との別れが喪失感なく、悔いなく満足して迎えられたのも看取り士さんたちの導きがあったからだと思います。

直記さんはお母さんとの時間を過ごす中で、これまでのお母さんとの思い出を辿り、たくさん抱きしめてありがとうを伝え、お別れする覚悟を決めて気持ちを整理できたように見えました。

有機村をスタッフに任せて、臨時休業も厭わずお母さんとの最後の時間を大切にした主人は、生命に実直に向き合う本当に素晴らしい人だと思います。

きっと私の時もそうしてくれるんじゃないかな。

おばあちゃんの息が止まりかけてはまた吹き返し、そしてもう吹き返すことがなくなった時、私たち家族はおばあちゃんから確かに大きなものを受け取りました。

まだ17歳の私たちの息子にとってもこの経験は人生の大きな指針となって行くように思います。

今まで毎日ここにいた人がいなくて、日々のルーティーンとなっていた介護生活のあれこれをしなくなった事は、さびしさというよりも不思議な感じがしています。そしてもう一つ不思議な感覚は、おばあちゃんが私の中にあるなぁと感じること。

おばあちゃんにもらったパワーをこれからの人生に生かしながら家族で楽しく進んで行きたいと思います。

折しも明日は立春。新しい年を希望を持って進めるような勇気のようなものが湧いています。

最後に、看取り士の岡亜佐子さん、土橋梨津子さんとお店を守ってくれた有機村のスタッフに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

長文読んでいただきありがとうございました。

この記事を書いた人 井上 恭子

富士川町で、夫と息子、義父母との5人暮らし。2年前まで、富士川町の里山の古民家で、自家用の自然栽培米を作りながら火を使ったスローな暮らしを実践。米作りは今も毎年続けている。家業は甲府の自然食品有機村。昔ながらの豊かな日本の里山の暮らし、より自然に添った育児などの経験から得た知恵や生き方の極意などを自分の生活の中で実践中。

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